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時間基盤情報-暦変換(和暦)

概要

日本で用いられてきた暦です。年は年号を使って指定し、年月日を漢数字で、年や日を干支で表現することがあります。明治5年12月2日以前は太陰太陽暦、明治6年1月1日以降は太陽暦(実質上のグレゴリオ暦)です。年号は南朝(大覚寺統を含む)・北朝(持明院統を含む)双方に対応します。

適用範囲

自: 神武天皇元年1月1日 (ユリウス暦: B.C. 0660-02-18 / ユリウス通日: 1480406.5)

至: 平成94年12月31日 (グレゴリオ暦: A.D. 2082-12-31 / ユリウス通日: 2481859.5)

典拠

暦日

太陰太陽暦(明治5年12月2日以前)の閏月および月の大小、太陽暦(明治6年1月1日以降)の各月の日数は以下に従っています。

  • 神武天皇元年1月1日から允恭天皇33年12月29日まで
    内田正男 編著 『日本書紀暦日原典 新装版』 雄山閣刊
  • 允恭天皇34年1月1日から明治5年12月2日まで
    内田正男 編著 『日本暦日原典 第四版』 雄山閣刊
  • 明治6年1月1日から平成94年12月31日まで
    「明治五年太政官布告第三百三十七号(改暦ノ布告)」、「明治三十一年勅令第九十号(閏年ニ関スル件)」(実質上のグレゴリオ暦)

年号

「神武天皇」から「文武天皇」まで

『日本書紀』および『続日本紀』(ともに『日本国史大系』(吉川弘文館刊)収録のもの)の記述に従っています。

(1)年号名および改元日が記されているものはそれによる(大化、白雉、朱鳥)。

(2)年号がないものは天皇(または皇后)の名称を年号として用いる。この場合、各史料に元年と記された年の1月1日をもって年号を改める(即位日ではない)。ただし、持統天皇11年丁酉(日本書紀)と文武天皇元年丁酉(続日本紀)は同じ年であるため、この年は文武天皇の即位日から年号を「文武天皇」として扱う。なお、弘文天皇は入力のみ対応する(出力時は「天武天皇」)。

「大宝」以降

国史大辞典編集委員会編 『国史大辞典』(吉川弘文館刊)の記述に従っています。ただし、改元日があいまいな場合は下記のとおり扱います。これらの処置による暦変換への影響については、備考もあわせてご覧ください。

(1)改元について前後の年号で『国史大辞典』の記述が異なる場合は、日付が確定する方を採用する。

観応から文和: 「文和」の項目には「正平七年九月二十七日改元(前年十一月の正平の天下統一により北朝の年号「観応」は廃止されていた)」とあるが、観応廃止の日付が確定できないこと、また、「観応」の項目に「三年九月二十七日文和と改元」とあるので、観応から文和に直接改元したものとして扱う。

天授から弘和: 「弘和」の項目には「天授六年(一三八〇)の六月以降、同七年六月以前に改元が行われ」とあるが、「天授」の項目に「天授七年二月十日弘和と改元」とあるので、天授7年2月10日を改元日として扱う。

元徳から正慶: 「正慶」の項目には「元弘二年四月二十八日改元」とあるが、「元徳」の項目に「持明院統の光厳天皇は四年四月二十八日正慶と改元するまで、この年号を使用した」とあるので、暦変換で北朝が指定された場合は元徳4年4月28日に正慶に改元として扱う。

元中から明徳: 「元中」の項目には「九年閏十月南北両朝の統一により北朝明徳の年号に統一され」とあるが日の記述がない。「南北朝の合体」の項目の「同五日神器が大覚寺から内裏に渡御し<中略>これで万事が完了した」の記述に基づいて、元中9年閏10月5日に明徳に改元として扱う。

(2)改元日が確定しないものについては、改元後の年号で最も早い史料として『国史大辞典』で挙げられているものの日付を用いる。

正平から建徳: 最も早い現存史料として挙げられている「『大徳寺文書』建徳元年二月五日重快・妙阿連署田畠売券」の記述に従い、正平25年2月5日をから年号を建徳として扱う。

建徳から文中: 最もはやい確実な史料として挙げられている「河内『金剛寺文書』文中元年四月二十八日長慶天皇綸旨」の記述に従い、建徳3年4月28日から年号を文中として扱う。

弘和から元中: 最も早くみえる現存史料として挙げらている「『栄山寺文書』元中元年十一月五日後亀山天皇綸旨」の記述に従い、弘和4年11月5日から年号を元中として扱う。

書式

通常の書式に加えて、漢数字や干支などを指定することができます。詳しくは和暦の書式をご覧ください。

備考

年号の指定

入力時(変換元)

南朝・北朝いずれの年号も指定できます。また、年号を「紀元」「皇紀」とした場合は、年を神武天皇即位紀元(皇紀)として解釈します。

出力時(変換先)

南朝・北朝いずれの年号を出力するか変換時に指定してください。神武天皇即位紀元(皇紀)を出力する場合は、書式"yJ"を使用します(和暦の書式の説明)。

暦変換における年号・年の計算

入力時(変換元)

改元日前: 改元した年の中であれば、改元前・改元後いずれの年号も指定できます。
例:大正から昭和への改元は大正15年12月25日ですが、昭和1年1月1日と入力した場合も正しく解釈します。

改元日後: 暦の適応範囲内(グレゴリオ暦2082年まで)であれば、改元前の年号を延長してそのまま指定できます。
例:昭和から平成への改元は昭和64年1月8日ですが、昭和64年12月31日や昭和80年1月1日と入力した場合も正しく解釈します。

出力時(変換先)

入力にかかわらず、改元日に従って(改元日があいまいな場合は典拠で示した通り)年号・年が出力されます。

変換の具体例

「弘和」から「元中」の改元日は弘和4年11月5日として扱っています。
改元前日の日付について、弘和4年11月4日、元中1年11月4日いずれでも入力可能で、ユリウス暦に変換した場合は1384年12月16日が出力されます。反対に、ユリウス暦の1384年12月16日を和暦(南朝)に変換した場合は、弘和4年11月4日が出力されます。
同様に改元後の日付について、弘和4年11月5日、元中1年11月5日いずれでも入力可能であり、ユリウス暦に変換した場合は1384年12月17日が出力されます。反対に、ユリウス暦の1384年12月17日を和暦(南朝)に変換した場合は、元中1年11月5日が出力されます。